武将札「日ノ本一の兵:真田信繁」

武将札「日ノ本一の兵:真田信繁」

販売価格: 380円(税別)

(税込: 418円)

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商品詳細

<商品内容>
・武将札「日ノ本一の兵:真田信繁」×1
・武将情報紙 ×1

1567年(永禄10年)、あるいは1570年(元亀元年)に真田昌幸の次男として生まれる。幼名は源二郎。
信濃国小県の国衆である真田氏は常に周囲からの侵略の脅威に晒されていたが、祖父の幸隆や父の昌幸は智略の限りを尽くしてよく凌ぎ、家を存続させていく。信繁はそんな中で育ち、小勢力が大勢力に立ち向かう術を学んでいく。
1600年(慶長5年)に西軍・石田三成と東軍・徳川家康が戦った関ケ原の合戦の際は、徳川秀忠率いる3万5千ともいわれる大軍を、昌幸とともに少数で撃退。
1614年(慶長19年)豊臣と徳川の戦「大坂冬の陣」で幸村は城の南側に真田丸を築き、これをもって押し寄せる徳川勢をことごとく撃退。信繁(幸村)の武名が轟く。真田を恐れた家康は真田丸の取り壊しと外堀を埋めることを条件に豊臣側と一旦和睦するが、やはり半年後には再度攻め立て「大坂夏の陣」が勃発、勝ち目のない豊臣側の最後の勝機は家康の首を獲る事で、信繁は家康本陣へ決死の突撃により家康をあと一歩のところまで追い詰めた。
その武勇「日ノ本一の兵」と今でも語り継がれている。

この武将札では信繁公の揺るがぬ思い、目的の首一直線の場面を想像しながら製作いたしました。

商品仕様

武将札材質 繊維強化プラスティック(FRP)
武将札サイズ 縦25mm × 横76mm × 厚2.3mm
武将情報紙材質 光沢紙
武将情報紙サイズ 縦102mm × 横152mm(KGサイズ)