武将札「真桑瓜の野心:織田信長」

武将札「真桑瓜の野心:織田信長」

販売価格: 380円(税別)

(税込: 418円)

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商品詳細

<商品内容>
・武将札「真桑瓜の野心:織田信長」×1
・武将情報紙 ×1

1534年(天文3年)尾張那古野城にて織田信秀と土田御前の間に三男として産声をあげる。
母・土田御前は正室であったため嫡男として扱われた。幼名は吉法師。
幼少時から奇行が多く、当時としては奇抜な考え方や格好を好む等により「尾張の大うつけ」と評された。

1552年(天文21年※諸説あり)に、父・信秀が急死。十八歳で家督を継いだ信長は、信秀の意志でもあった所領拡大を図り、尾張国内の反信長勢力の鎮圧を断行。

1555年(弘治元年)には清州城主・織田信友を。
1557年(弘治3年)には二度目の反逆となった弟・織田信勝を殺害。
その後岩倉城主・織田信安を降し、信安の逃亡先、斎藤領・美濃岩倉城も降して尾張を平定した。

1560年(永禄3年)桶狭間の戦いで、今川義元を討ち取ると、今川家の人質であった松平元康(後の徳川家康)は独立。これと同盟を結び、基盤を固めていく。

1567年(永禄10年)に稲葉山城の斎藤龍興を降し、稲葉山城を岐阜城に改名したうえで本拠とした。
「天下布武」の朱印はこの頃から使用し始める。
この「武」とは要約すると「戦なし」という意味となる。


尾張統一を果たす頃の若かりし日の信長公。合理的思考と人情を兼ね備えた「尾張の民が誇れる近しい殿様」をイメージして作成いたしました。

商品仕様

武将札材質 繊維強化プラスティック(FRP)
武将札サイズ 縦25mm×横76mm×厚2.3mm
武将情報紙材質 光沢紙
武将情報紙サイズ 縦102mm × 横152mm(KGサイズ)