武将札「智勇兼備:直江兼続」

武将札「智勇兼備:直江兼続」

販売価格: 380円(税別)

(税込: 418円)

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商品詳細

<商品内容>
・武将札「智勇兼備:直江兼続」 ×1
・武将情報紙 ×1

1560年(永禄3年)〜1619年(元和5年)を生きる。はじめ樋口与六と名乗った。父は樋口兼豊。
10歳で上杉景勝の近習として仕え、頭の良さに景勝も大層大事にした。
「御館の乱」の頃には頭脳明晰な兼続は頭角を現し、景勝が政権を執るとこれを補佐、外交面でも無口であったという主君・景勝の意思伝達役として大いに働く。その甲斐もあり、豊臣秀吉より従五位下山城守に任ぜられると、景勝が越後から陸奥会津へ国替えされた1598年(慶長3年)には会津120万石の内、米沢30万石を分け与えられる。
秀吉没後の1600年(慶長5年)、五奉行筆頭・徳川家康が会津で不穏な軍備増強を進める景勝に対し上洛の要請をするが、景勝はこれを拒否。怒った家康は会津征伐をちらつかせ再度上洛を促すが、兼続は書簡(直江状)で「上杉は攻めてこられればお相手いたします。」と挑発し、家康に上杉征伐を決意させ、関ケ原の戦いのきっかけを作らせた。その為、一説には石田三成との共謀であったともされるが真相は不明。

この武将札は柔らかい青の亀甲紋で兼続の智勇と冷静さを表現し、その裏に白い炎をあしらい強さを表現してみました。

商品仕様

武将札材質 繊維強化プラスティック(FRP)
武将札サイズ 縦25mm × 横76mm × 厚2.3mm
武将情報紙材質 光沢紙
武将情報紙サイズ 縦102mm × 横152mm(KGサイズ)