武将札「巧妙繊細:羽柴秀吉」

武将札「巧妙繊細:羽柴秀吉」

販売価格: 380円(税別)

(税込: 418円)

在庫あり
数量:

商品詳細

<商品内容>
・武将札「巧妙繊細:羽柴秀吉」×1
・武将情報紙 ×1

1536年(天文5年)あるいは1537年(天文6年)に尾張国中村郷で生まれ、父は木下弥右衛門、母は仲と伝わる。諸説あるが、主に藤吉郎と名乗ったとされる。
母・仲に餞別としてもらった銭を針に替え、売り歩きながら今川領へ向かい、まず遠江久能城主・松下氏に仕えるが、ほどなくして出奔。次に織田信長仕えるようになる。
1561年(永禄4年)ねね(高台院)を娶る。
1573年(天正元年)には、織田家中において、有力者の丹羽長秀より「羽」、柴田勝家より「柴」の字の拝領を願い出て羽柴に改姓。この時所領12万石。
藤吉郎は小谷城を拠点とした後長浜城を築城。拠点とし、「羽柴筑前守秀吉」を名乗ることを信長より許される。
1582年(天正10年)重臣・明智光秀による「本能寺の変」で信長が横死すると、すぐに「中国大返し」で光秀を山崎の戦いにて撃破。後継争いでの発言権を強め、
柴田勝家を賤ケ岳の戦いにて撃破。信長の後継者としての地位を確固たるものにする。
その後、後陽成天皇を聚楽第招くことにより天下に豊臣政権を知らしめ、北条氏の討伐、奥州討伐を経てついには天下統一を果たした。

この武将札では、秀吉が木下藤吉郎から羽柴姓を名乗るまでの泥にまみれたであろう時にスポットを当て、徐々に頭角を現す様を桐の紋様を添えて表現してみました。

商品仕様

武将札材質 繊維強化プラスティック(FRP)
武将札サイズ 縦25mm × 横76mm × 厚2.3mm
武将情報紙材質 光沢紙
武将情報紙サイズ 縦102mm × 横152mm(KGサイズ)