武将札「天才軍略師:竹中重治」

武将札「天才軍略師:竹中重治」

販売価格: 380円(税別)

(税込: 418円)

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商品詳細

<商品内容>
・武将札「天才軍略師:竹中重治」×1
・武将情報紙 ×1

1544年(天文13年)〜1579年(天正7年)を生きた戦国屈指の智将。斎藤龍興に仕えた。別名・半兵衛。正室は美濃三人衆・安藤守就の娘。
1564年(永禄7年)重治が21歳の時、稲葉山城は織田信長の攻撃目標となっていた。重治らは龍興に対し信長への備えをするよう再三の諫言をするが聞き入れられず。そこで半兵衛は舅の守就、弟の重矩含む16人で龍興の居城・稲葉山場を奪う。「言ってだめなら行動で示すまで」である。これを知った信長は、多大な恩賞と引き換えに稲葉山城の譲渡を迫るが重治はこれを拒否し龍興に城を返還した。重治の一連の働きに惚れた信長は、木下藤吉郎(秀吉)を密使に七度の交渉を行い、ようやく信長の家臣(厳密には秀吉の与力)として迎え入れた。
それからは秀吉の軍師として中国地方面への政略に加わり戦場で活躍。さらに黒田官兵衛も秀吉の陣に加わり、後に「両兵衛」と呼ばれる形が完成する。しかし重治は病を患い一旦戦線離脱。再度復帰するも1579年(天正7年)播磨・三木城攻撃中に36歳という若さで病没した。

この武将札では重治公の家紋「九枚笹」にちなみ、笹をモチーフにまっすぐ高くそびえるな竹の素直さを重治公に置き換え、薄命であった生涯を比喩に表現いたしました。

商品仕様

武将札材質 繊維強化プラスティック(FRP)
武将札サイズ 縦25mm × 横76mm × 厚2.3mm
武将情報紙材質 光沢紙
武将情報紙サイズ 縦102mm × 横152mm(KGサイズ)